二圃式農業→三圃式農業→混合農業への発展

ヨーロッパ地域の農業の発展を見て見ましょう。

古代では二圃式農業、中性では三圃式農業、近世では混合農業へと発展しました。

二圃式農業

二圃式農業は、地中海沿岸で始まったものです。

「にほしき」農業と読みます。

圃場とは、圃とは作物を栽培する畑のことです。ですから、二圃とは、二つの圃場があるのとです。

二圃式農業とは、二つの圃場を用意して、1年ごとに穀物栽培と、なにも作らないでおくこと(休閑期)を繰り返す農業です。

圃場を、今年は穀物を栽培する圃場と、なにも栽培しない休閑地の2つに分けます。

来年には、その穀物栽培する圃場と、休閑地の圃場を逆にするのです。その翌年には、また逆にしてと、繰り返していくのです。

ある1箇所の圃場だけで見れば、今年は穀物を栽培して、来年は休閑、再来年は穀物栽培、その翌年は休閑…、と繰り返していくことになります。

片方は穀物の栽培をし、もう片方は何も栽培せずに休閑地とします。

地中海沿岸では、冬に小麦栽培。北西ヨーロッパでは、夏に大麦やエン麦などの栽培していました。

三圃式農業

三圃式農業は、圃場を三つに分けて、

  • 夏に大麦を栽培する農地
  • 冬に小麦を栽培する農地
  • 休閑地(なにもつくらない土地)

とします。休閑地は放牧地となります。

それぞれの圃場で、1年ごとに、夏に大麦を栽培→冬に小麦を栽培→休閑地…とローテーションしていきます。

3つに分けた土地のうち、ひとつの土地を見てみましょう。

今年は夏に大麦を栽培したら、来年は冬に小麦を栽培し、再来年には休閑とします。その翌年はまた夏に大麦を栽培するといった具合です。

なぜこのような方法をとるのかというと、毎年毎年同じ作物を育てていると、土地の栄養分が減ってしまって、作物が育たなくなってしまうからです。

土地を休ませることによって、地力を回復させるのです。

土地が作物を育てる力を、地力といい、連続して同じ作物を育てることで、地力が低下していってしまうことを、連作障害といいます。

休閑期をもうけることで、連作障害を防ぐことができます。

稲作は、水を入れて出してをします。流れ込んでくる水が栄養分を運んできてくれるので、連作障害が起こらないのです。

混合農業

近世では、さまざまな輪作形態が生み出されました。

三圃式農業で休閑地にしていた土地で、クローバーなどの牧草、カブなどの根菜を栽培。これらをエサとして、肉牛豚を飼育するようになりました。

こうして三圃式農業はなくなっていき、穀物栽培と家畜のエサの栽培、家畜の飼育を合わせたこれが混合農業が行われるようになりました。

混合農業は、圃場を4つに分けて、

  • 冬に小麦を栽培する農地
  • 根菜類を栽培する農地
  • 夏に大麦を栽培する農地
  • 牧草を栽培する農地

とします。

そこへ、肉牛の飼育を組み合わせます。牧草がエサとなります。

これも三圃式農業と同じように、ローテーションを回していきます。

1年ごとに、冬に小麦を栽培→根菜類を栽培→夏に大麦を栽培→牧草を栽培とローテーションしていきます。

4つに分けた土地のうち、ひとつの土地を見てみましょう。

今年は夏に大麦を栽培したら、来年は根菜類を栽培、その翌年は冬に小麦を栽培し、さらに翌年にはマメ科植物を栽培します。

休閑地がなくなったことで、生産するものが増えたことになります。

休閑が無くなってしまうと、地力が回復しないと思うかもしれませんが、牧草、根菜など異なる作物を育てることで、地力の低下を防止することができます。

根菜類は土壌を深く耕す役割があり、これも土壌を改善します。

また、クローバーなどのマメ科の植物の根には、根粒菌と呼ばれる菌が住んでいて、空気中の窒素を栄養分として取り込むことができます。これを窒素固定といいます。

さらに、家畜が土地にボトッと落とすフンが、地力向上にも役立つようになるのです。

休閑地の代わりにこれら根菜類や牧草を栽培するようになりました。

まとめ

ヨーロッパの農業は二圃式農業、三圃式農業、そして混合農業へと発展をしてきました。

土地の農作物を育てる力「地力」を損なうことなく、かつ農地を遊ばせないようにする。土地を有効に活用して、農作物を育てるために発展してきたのです。

   

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